the yummiest story of my life

今すぐ始める

今すぐ、はじめたらいいんですよね。
いつでも、できるよねと思っているからやらないんですよね。
やるのに5分で終わることもやらないんです。
いつでもやれるし、すぐに終わるから、やらないんです。

休日にやりたいと5年間、思っていることがあるんです。
これも休日が1日あれば、できるんです。
やりたいと自分で思っていることです。
人に強制されていることではないんです。
休日を使えば、いつでもできることなんです。

先延ばしは気持ち悪いです。
すぐにやれば気持ちがいいのもわかっています。

「いつか」やろう、「いつか」やろうと思ってきました。
「いつか」はいつなんだろう。
「いつか」は来るんだろうか。

「いつか」は今です。
今日から「いつか」は今にします。

やりたいと思ってやっていないことのリストを作りました。
リストを作り終わった後です。
その中で今すぐやれることをやりました。
そのリストの済マーク第1号です。

明日になったらそのリストの済マーク第2号を作ります。
あさっては休日なので、休日にやることの済マーク第1号を作ります。

私の命が有限なことに気が付きました。
短いようで長いのが人生です。
長いようで短いのが人生です。

家族に頼まれたこともすぐやって見ることにしました。
妻に夕食で足りなくなったお醤油を頼まれた時。
箸をおいて、直ぐに近くのスーパーにクルマで買いにいきます。
めんどくさいと思う前にすぐ、スーパーに行きました。
めんどくさいという思いがでてきたら、箸を置いて出かけるなんてできません。
考える前に出かければいいんです。

小さいことをすぐやります。
めんどくさいと思う前にやります。

知り合いが4人飲みにきました。
ちょっと酔っ払いました。
彼らが帰った後、洗いものがたくさん残りました。
妻とすぐに洗いものを始めました。
めんどくさいと思う前に洗い始めました。

我以外皆我師

「我以外皆我師」を信条としたのが、作家の吉川英治氏です。
すべての人から、学べることがあります。
すべての体験から、学べることがあります。

謙虚に学ぼうとする心が大切です。
自分を成長させたいという意志があれば、いろんなことから学ぶことができます。

その吉川英治氏が、昭和三十五年、文化勲章を受章されました。
その日の朝、詠まれた句です。
「菊の日や、もう一度紺がすり、着てみたし」

文化勲章という最高の栄誉をいただくことになった吉川英治氏。
自分はそんな立派な勲章をもらえるような人間ではない、と言います。
ここで威張ってはいけない、そり返ってはいけない、と思ったそうです。
こんな栄誉のある日だからこそと、吉川英治氏は言います。
あの紺がすりの着物で勉強した時代の気持ちになって、勉強しなければいけない。
このような謙虚な気持ちから詠まれた句だそうです。

文化勲章をいただく朝にこのような謙虚な句を詠むことができる吉川英治氏は何と素晴らしい方でしょう。
心から、尊敬させていただきたい方です。
このような句を詠まれたのは、若いころから「我以外皆我師」を信条としていたからだと思います。

私達は皆、この世に生まれた時は言葉も何も知りません。
とても純粋な心で生まれてきます。
ですから、親からの教わる言葉などを素直に吸収していきます。
学校に行くようになれば、先生から、いろいろなことを学んで成長していきます。
ところが大人になってこの学ぶ心をいつのまにかか忘れてしまい、傲慢になってしまうのですね。

吉川英治氏だけでなく、いろいろな分野で成功なさっている方は謙虚な方が多いのです。
「我以外皆我師」を座右の銘にしている方も多く、いらっしゃいます。
常に謙虚に学ぶ心を忘れずにいたいものです。

別れ際の最悪の言葉

付き合った女の子と別れたことが3回あります。
1回は私の方から別れ話を切り出しました。
2回は女の子の方から、別れ話を言われました。

別れ話を言われた時、女々しくならないようにしました。
かなりのやせ我慢で、別れて、一人になった時はめそめそしていました。
でも、女の子の前ではそんな姿を決して見せず、いい人を保つのに必死でした。

別れ際は大事です。
そこには、男の美学もあります。
「いままで、付き合ってくれてありがとう。楽しかったよ。」
こんなかっこいい言葉で別れたいですよね。

逆に別れ際にこんなことを言われたら、女の子としては嫌だろうなあと思う言葉があります。
このような言葉を使わないように私たち男性は充分注意しないといけませんね。

まずは何度も土下座しながら「お願いだから、別れないで。」
こんな情けない姿をみたら、女性としてはよけいにきらいになりますよね。
もし、これでよりがもどっても、うまくいくのでしょうか?疑問です。

泣きながら「オレの何がいけなかった?」
これも女々しすぎて、ほんとうにがっかりしますよね。
そんな女々しいところがきらいです、といってやりたいですね。

「別に元から好きじゃなかった。」
この負け惜しみも無様です。
器の小ささが出てしまいます。
女性の心がますます離れてしまうでしょう。

往生際が悪いのが「じゃあ友達になってくれる?」
この男の執着心に女性は引くばかりです。
こんなことをすぐ言う人は友達でも嫌ですよね。

「プレゼントやおごったメシ代返して」
こんなことを言われたら、別れて正解だったと女性は再確認しますよね。
金にセコイというより、器が小さすぎます。

このような見ていて悲しくなるような言葉は使わずに、別れ際は頑張りましょう。
女性に「いい人だったな」と思わせるくらいやさしくするほうが、かっこいいです。

乗り越えられない災難はない

物事を悪い方に考えてしまう思い癖の人がいます。
一難去ってまた一難。災難が続いてしまう人です。

この世に生まれてきたのは感動する為もあります。
次に何が起こるかわからないからこそ、感動があります。
人生で起こる良いことも悪いこともこの世だからこその体験です。
この体験をたくさん積んで、たましいを磨きにこの世に来たのです。

心配しないでいきましょう。
乗り越えられない災難は来ないのです。
死ぬ時は死ぬ時です。
生きている限り、災難は乗り越えられるのです。

災難の多い人は、人一倍感動を求めて、この世にやってきたのです。
平凡な人生では物足りないのです。

喜怒哀楽をたくさん味わいたいのです。
恐怖心を克服したいのです。

話は変わります。
2006年、王貞治監督は胃の全摘出手術を受けて、慶応大病院に入院していました。
2006年、8月2日に退院しました。
退院の時の王監督が言った言葉です。
「1日も早くホークスに戻り、勝利の喜び、負けるときの悔しさを味わいたい」
この言葉を聞いて、胸が熱くなりました。

「勝利の喜び」だけでなく、「負ける時の悔しさ」も味わいたいと語ったのです。
人間としても超一流な王監督だからこその言葉でした。
まさしく、感動をもとめて、この世にやってきたのです。
王監督の場合は多くの人に感動を与えた人でもありました。

良く考えれば、降りかかる出来事にいいも悪いもないのです。
必要だから、起こるだけです。
いいとか悪いとか考えている時はまだ、その出来事に振り回されているのです。

物事を悪い方に考えてしまう必要はないのです。
起きてくる災難は必ず、乗り越えられるのです。
乗り越えられずにエンドロールがはじまったら、そこで終了なだけです。

まだ、エンドロールが先なら、必ず乗り越えられるのです。
乗り越えた後に感動を味わえばいいのです。

ぶりっこ好きの55歳

男はぶりっこが好きです。
そんなぶりっこ好きな男性に疑問を持つ女性も多いようです。
「ぶりっこって男性の前では本性を出さず、うまく使い分けているんですよ」というもの。

しかし、男性の中にはぶりっこ擁護論がたくさんあります。
男性の前で、かわいく見せる努力をしない女性よりはマシという意見が多いようです。
また、ぶりっこは一種のエンターテイナーで一緒にいて楽しいからじゃないですか、という意見もあります。

男性の中でもぶりっこが作為的なものとわかっている人が多いのです。
わかった上で受け入れているのです。

女性の中にもぶりっこ擁護論があります。
「女性でも同性の生意気な子よりも、慕ってくる後輩はかわいげがあって好意的。」
「ツンツンしてる女性よりも、寄りそってくる女性のほうが同性から見てもかわいい。」
「ぶりっこを試しに真似してみると男性から優しくされるから、やらなきゃ損。」
ぶりっこは相手を立てていると考えることもできそうですね。

ぶりっこといえば、1980年代の松田聖子です。
意識してかわいい子ぶるという見方から「ぶりっこ」と言われていました。
前述に「ぶりっこは一種のエンターテイナーで一緒にいて楽しい」という意見がありました。
松田聖子の場合はまさにこれです。

松田聖子はファンが欲しているものは何かをその場で判断していました。
そして、それにあった雰囲気作りができる頭の回転のよさと行動力を松田聖子は持っていました。
ぶりっこは演出力に変わり松田聖子という歌手ができてきたのです。

ぶりっこは男に気に入られる行為です。
ですから、そもそも男が嫌うわけがなく、大好きなのです。

ぶりっこのしぐさは男から見て、非常にかわいらしいです。
55歳の今でもぶりっこされているとわかっていてもちょっといい気分になってしまいます。

遠距離恋愛を長続きさせるには

私は今の妻と遠距離恋愛時代が半年ほどありました。
この遠距離恋愛時代はいろいろなことがありました。
今では、本当にいい思い出です。

世の中には私たちと同じように遠距離恋愛をしている人は多いのでしょうか。
みんな、どのようなことに気をつけているのでしょうか。
いろいろ調べてみました。

まず、現実的な問題は、「時間」と「金銭面」です。
この二つの大きな問題があるので、遠距離恋愛は大変なのです。
遠距離にいる恋人に会うためには時間が必要です。
そして、交通費などのお金も必要です。
この物質的なハードルを越えるためにはまず、あまり無理をしないことですよね。

無理をすると続かなくなって、結局は別れることになってしまうかもしれません。
時間やお金をしっかり管理します。
そして、できる範囲で会いにいけるように計画を立てていきます。

私はその計画をきちんと決めました。
1カ月に何回、会いにいくかを決めて、お金がどれほどかかるかをきちんと計画しました。
月に2回、東京から関西に会いにいきました。交通費で月に5万円ほどかかりました。

次に精神的な問題としては「寂しさ」や「不安」といった気持ちをどうするかです。
寂しさや不安から、ついつい嫉妬や束縛をしがちです。
でも、それが一番良くないのです。
それが相手の重荷になってしまいます。
嫉妬や束縛が愛情ではありませんよ。
嫉妬や束縛をしない為には、依存心を捨てることです。
そして、精神的な自立を目指すことです。

会えない時間は1人の時間を楽しみましょう。
勉強するなり、習い事をするなりして自分を磨いていきましょう。
1人の時間を楽しめないと遠距離恋愛は続きません。
1人の時間をたのしんでいるからこそ、むしろ関係がうまくいきやすいと思います。

遠距離恋愛だからこそ、より深い愛情を育んでいきたいですね。

デート代をどうするかを考えました

私が社会人になって、本格的に女性とお付き合いをはじめたのは24歳ごろでした。
相手の女性は21歳で私の勤めていた会社の子会社にいました。
最初のうちは私がおごっていました。
しかし、長く付き合ううちにそれもちょっとしんどくなってきました。

支払いの時にいろいろ気を使うのが面倒です。
デートのたびにお金の受け渡しをするのが面倒なのでは、プリペイド方式にしました。
いっそデート用の財布を用意しました。
給料日に1カ月分の予算を出しあいました。
私は3万円、彼女が2万円でした。
財布は彼女が管理することにしました。

このプリペイド方式にして、最初の2か月は最期の方で足りなくなって、私が追加しました。
3か月目からたりるようになり、それ以降は残るようになりました。

多い時は1万ぐらい残りました。
残るようになって、それが彼女は楽しくなったのか、必ず1万は残すようになりました。

使い道は食事や飲みに行くことです。
その支払いの時にどちらが払うかでぐずぐずしている見知らぬカップルをよく見ました。
私はこの方式を教えてあげたいなあと思って、苦笑していました。

お金の価値観は人それぞれです。
しかし、私と彼女のお金の価値観は近いなあと思っていました。
当時、私も彼女も収入が多くなかったのですが、少ない金額で1カ月を楽しく過ごす事ができていました。
彼女も同じように楽しんでいたはずです。

ところが私が1年間に連続3か月の出張の仕事をするようになってしまいました。
1年のうちに彼女と一緒にいられるのはわずか、2か月しかありませんでした。

別れの日が来ました。仕方ありませんでした。
デート代は20万も貯まっていて、6割の12万をもらって別れることになりました。
12万で通帳を作りました。その通帳に少しずつ貯めて、3年後、結婚する時に使いました。

好きな仕事をする私の人生

私は私の人生を生きています。
他人の人生ではありません。
自分の人生です。

私の人生で他人に決められたことはどれぐらいあるのでしょうか。
私の今の職業は私が望んだ職業だろうか。
やりたくないことを食べていく為にやっているのではないのだろうか。
決して、やりたくないと強く想っているわけではありません。
そうかといって、好きでやっているのとは絶対違います。
もう一度、今やっていることを選ぶかと言われたら、選びません。

好きなことは何だろう。得意なことは何だろう。
よくわかりません。
でも、やりたいことはいまわかります。

そのやりたいことを今すぐやらないのはなぜだろう。
やれない理由を考えてみます。
いわゆる、言い訳です。

収入がなくなったら、家族が路頭に迷うから。
それが本当に自分ができるかどうか、不安だから。
今の仕事は決して好きな仕事ではないけど、長く続けてきたからラクなので。

やはり、できないことの正当な理由ではありません。
やはり、いわゆる、言い訳です。

私は私の人生を生きています。
他人の人生ではありません。
自分の人生です。

私の人生にも限りがあります。
私の人生だけ無限な訳ではありません。

だったら、後悔のないようにやりたいことをやる方が言いに決まっています。
やらないことの言い訳をつぶしていけばいいんですね。

やりたいことをやるからといって、無収入になって、家族が路頭に迷うと決まっているわけではありません。
「やりたいことをしごとにする」ことと「家族が路頭に迷う」はイコールのわけありません。
別の問題です。

今から私の考えることは一つです。
やりたいことを仕事にして、さらに家族を路頭に迷わせないことです。
この答えを行動に変えていきます。

なぜなら、私は私の人生を生きていくからです。
他人の人生ではなく、自分の人生を生きていくからです。

自分の名前好きですか?

自分の名前は一生、呼ばれますので、好きな方がいいですよね。
私は自分の名前は好きです。

世の中の人は自分の名前がすきなんでしょうか。
気になって、調べてみました。

自分の名前が「好き」と答えた人は、66%でした。
思った以上に多かったのでよかったなあと思います。
そのなかで、最も高い割合となったのは20代の71%でした。
これも意外な感じがしました。
「自分の名前、キライ。」という女の子が多いように思っていました。
そうでもないようです。

好きな理由は人によってさまざまなようです。
「読み方は平凡だけど、同じ漢字の人があまりいないから。」
「珍しい名前で同じ人があまりいないので、すぐ顔を覚えてもらいやすい。」
という意見が目立ちました。
あまりに複雑すぎる読み方・書き方ではなく、多少は特徴のある名前の方が話題作りにもなっていいようです。

一方、「嫌い」と回答した人は34%。
「平凡すぎる。」この理由が多かったですね。
「好き」と答えた人が「特徴のある名前」が好きなので、ちょうどその真逆になりますね。

活躍中の芸能人と同じ名前や歴史上の偉人と同じ名前の人は自分の名前が嫌いな人が多いようです。
また、「女の子らしい名前なんだけど、自分の性格とは正反対。」
この場合も自分の名前が嫌いなようです。
これらはイメージのギャップに頭を悩ませているということですね。

好きな理由でこの声も多かったです。
「昔は嫌いだったけど、最近になって、だんだん好きになってきた。」
この答えはいい答えですね。
一生懸命名前を考えた親から見ると、救われる答えです。
私のまわりでもこの答えは多いです。

名前とは一生、付き合っていかなくてはなりません。
どうせなら、好きになった方がいいですよね。

渋滞にイライラしない

クルマに乗っている時、思いがけない渋滞は困ったものです。
1時間かかるところに仕事で行く場合、約束の時間の1時間半前に出るようにしています。
渋滞があっても大丈夫なように早めに出ています。

しかし、余裕をもって、早めに出ても間に合わないほどの大渋滞にはまることもあります。
そんな時、昔の私はイライラしていました。
お約束している方にはもちろん、携帯電話で大渋滞の為に遅れる旨を連絡しています。
連絡した後もイライラしていました。

仕事ではなく、プライベートでクルマに乗っているときも、渋滞にはまるとイライラしていました。
そんな時、一緒に乗っている妻はまったく、イライラしていないんです。
「空を飛んで、この渋滞から出れるわけでもないし、仕方ないわね。」
このように言って、のんびりといろいろ話しだします。
この渋滞の時間を楽しむようにいろいろ話してきます。

渋滞にはまったら、自分の力では変えることのできない状態です。
イライラしても、渋滞から早く抜け出ることはできなんです。

電車を待つ時もそうですよね。
ときどき、何かの理由で遅れる時がありますよね。
その時に明らかに、イライラしている人がいますよね。
ホームをうろうろしたり、時計を何回も見たりしています。
そして、ホームの前に来て、電車の来る方向を身を乗り出してみたりしています。
どんなにイライラしたからといって、電車がはやくくるわけではありません。

渋滞や電車の遅れにイライラして血圧をあげているのはバカげたことです。
渋滞や電車の遅れにイライラしてストレスをためるのはバカげたことです。

自分の変えることのできない状態にイライラしても仕方ないんですよね。
この時はこの状況に対する見方を変えるしかないのです。