the yummiest story of my life

三成の柿の話

石田三成の逸話と言えば、有名なのは三杯の茶の話ですよね。
豊臣秀吉が長浜の城主だったころの話です。

鷹狩で喉の渇いた秀吉がある寺に寄って、お茶を所望しました。
その時にお相手したのが、10代のころのお寺の坊主だった石田三成です。

1杯目は大きな器にぬるいをお茶をなみなみと注いだものを渡します。
秀吉が2杯目を頼むと、今度は少し小さい器に熱めのお茶を入れました。

感心した秀吉は3杯目を頼みました。
すると、今度は小さい器に濃くて熱いお茶をだしました。
気のきく三成に多いに感心した秀吉はすぐに家来にしました。

私はこの三杯の茶の話より好きな話があります。

三成が処刑直前に喉が渇いたので、水を頼みました。
警護の人間は「水はないが、柿ならある。それを食べろ。」といいました。
それに対して三成の答えが私にはとても印象的でした。

「柿は痰の毒であるのでいらない。」と答えました。
警護のものは「今から首をきられるものが毒だちしてなんになる。」と笑いました。
三成は言いました。
「大志を持つものは、最期の時まで命を惜しむものだ。」
このように答えて、泰然としていたそうです。

私はこの柿の話を別な解釈をしていました。
私が感動したのは、死ぬ直前まで普段の事をするということです。

中村天風師にも同じような話があります。
中国の探偵をしている時、敵に捕まった事がありました。
明日は銃殺刑だと警備の者が教えてくれました。
天風師は、そうかと言って、ぐっすり寝たそうです。

天風師の銃殺刑の話は三成の柿の話と感動したところは同じです。
死ぬ直前にいながら、泰然と今までと同じように行動するところに感動しました
「最期の最期まで自分らしく生きる。」
これはなかなか真似の出来ない、素晴らしい生き方です。

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