the yummiest story of my life

20代のコイバナ2

神奈川の出張で、昼間はある店で仕事をしました。
夜は茨城のショッピングセンターで友達だった他企業の店長と飲みました。

茨城のショッピングセンターでは私と彼ともう一人の他企業の女性店長の3人でよく飲んでいました。
女性店長と彼はある晩、男と女の関係になっていました。
彼女は本気でしたが、彼は1回だけの出来心でした。

彼は神奈川のショッピングセンターに転勤になりました。
私はたまたま、神奈川に出張があったので夜、彼と会って飲むことになっていました。
私は、飲みながら、彼女から預かった手編みのセーターを彼に渡しました。

彼ははっきり言いました。
「このセーターはもらう訳にはいかない。悪いけど持って帰ってくれないか。」
私の思った通りの反応でした。
彼が彼女にまったく気がないのはわかっていました。
そのあとは、その件には触れず、仕事の話や冗談などを言って、楽しく飲みました。

でも、彼と別れてから気が重くなりました。
彼女ががっかりするのが、よくわかっていたからです。

2日後、茨城に帰って、夜、彼女と飲みました。
「ごめん。」と言って、私は預かったセーターを返しました。
「やっぱり、ダメだったのね。嫌な役をさせて、こちらこそごめんね。」
彼女はセーターを持って帰ってくるのを予想していたようでした。

「飲もう、飲もう。」と私は言って、いつものように冗談ばかり言っていました。
彼女も笑い転げていました。私はちょっと、安心しました。
「今日は楽しいから、カラオケに行こう。」と彼女は言いだしました。
次の日の仕事がきつくなるので普段は2軒目にはあまりいきません。
でも、今日は断るわけにはいかない感じでした。

彼女は陽気に歌い続けました。
2時間ぐらい、歌ったので「もう、そろそろ、帰ろうか。」と私が言いました。
すると、彼女は泣きだしました。
こりゃ、やばいぞ~~。

力の及ぶことには全力を尽くす

自分の力の及ばないことには手を出さないことが大事ですよね。
そして、自分の力の及ぶことには全力を尽くすことも大事ですよね

どう考えても、物理的な間に合わない仕事を頼まれた時。
これはきちんと、間に合わないと言った方がいいのです。
間に合わないのがわかっているのに、断れないので、受けてしまった場合。
直前になって、ドタキャンになってしまい、とても迷惑がかかります。
そして、信用もガタ落ちになってしまいます。

ただし、断る時も開き直ってことわるのではありません。
どうしたらできるかを伝えなくてはいけません。
自分の力の及ばないところから自分の力の及ぶところに移さなくてはいけません。
「その日までは無理ですが、5日間多めにいただければ何とかなります。」
「一人ではその日までは無理ですが、2人に手伝ってもらえればなんとかなります。」

このように答えらるにはどうしたらいいか。
それは「自分の力の及ぶ」範囲を冷静に客観的に知ることです。
それを知ることで、自分をコントロールできる安定した人になれるのです。

「全力を出し尽くして自分の力の及ぶ範囲」は常に変わっていきます。
経験等で成長していくからです。
ですから、常に冷静に客観的に自分を知ることの訓練が必要です。

この「自分の力の及ぶ」範囲がはっきりわかった時。
逆に自信を持って、「自分の力の及ばないことには手を出さない」ようになれるのです。

自分の力の及ぶことには全力を尽くす姿は素晴らしいです。
自分の力の及ばないことにはきちんと断る「凛とした姿」も素晴らしいです。
そして、その判断がきちんとできることも素晴らしいです。

力の及ぶことは全力を尽くし、及ばないことは断る。
そして、その判断がきちんとできる。

この3点ができるようになれば、仕事の中でとても、輝いた人間になれるでしょう。

石田三成の三献茶

秀吉が信長に仕えていて、長浜城主になったころの話です。
秀吉は鷹狩に出かけました。
山野を駆け巡り、秀吉は喉が渇きました。
寺に入って茶を所望しました。

その時に応対したのが、15歳ぐらいの時の石田三成でした。
三成は大きな茶わんにぬるめのお茶をなみなみと入れてきました。
喉の渇いていた秀吉は一気に飲み干しました。
「さらに一服。」ともう一杯所望しました。

次に三成が出したお茶は、やや、熱く、量も半分でした。
喉の渇きもおさまっていたので熱さも量もちょうど良いぐらいでした。
秀吉は三成の心遣いに感心して、もう一服頼むことにしました。

三度目は小さな品のあるお茶碗に熱くて味と香りのいいお茶を少量入れました。
これほど、相手の立場に立って、気配りできることに感心した秀吉
住職に頼み込んで三成を城に連れて帰りました。
この話が「石田三成の三献茶」という話です。

秀吉ファンにとって、石田三成の存在は複雑です。
最後まで、秀吉の恩義を忘れない三成が好きな人もいます。
石田三成の秀吉にたいする忠誠心は本物だと思います。
近江人のまじめさがよく出ています。

石田三成は「関ヶ原の戦い」の敗戦で豊臣家を滅亡に追い込んでしまいました。
そんな、石田三成のことが嫌いな人もいると思います。
私は石田三成はあまり、好きではありません。

しかし、この話は素晴らしいと思いました。
自分を顧みた時に三成のような相手の立場に立った気遣いができていただろうか。
このような気遣いができた、三成は優秀な人間だと思います。

「関ヶ原の戦い」では、老獪な徳川家康の手練手管に負けてしまいました。
ただ、勝負は時の運です。
負けたとはいえ、あの徳川家康を苦しめることをできたのは石田三成以外はいなかったと思います。

褒められ上手になる

褒められた時にどのように反応してしまいますか?
照れくさいこともあって、ついつい変な謙孫をしてしまう事がありますよね。
そして、お世辞を本気にしたと思われるのが嫌だからですよね。

「そのネクタイ素敵ですね。」
「いやあ、ほんの安物でたいしたことないんだ。」
なんて、言ってしまいますよね。

言われて嬉しいのだから、素直に言った方がいいに決まってますよね。
「ありがとう。いやあ、気づいてくれてうれしいよ。」
それがお世辞だなとわかっていても「ありがとう」と言った方がいいですよね。

日本人は褒められ下手ですよね。
褒められてすぐに「ありがとう。」って言葉がなかなか出てきません。

他人を褒めるのって、プレゼントするのと似てますよね。
プレゼントは相手の喜ぶ顔がみたくてするでしょ。
「わぁ、これ欲しかったの。ありがとう。」
こんな言葉を言われたら、プレゼントした人は大喜びですよね。

それを、「いやあ、そんなに気を使わないで下さいよ。」と迷惑そうにされたら・・。
あるいは、「それ、いくら、払うから。」なんて言われたら最悪ですよね。

褒めるのもプレゼント同じですから、相手の喜ぶ顔が見たいのです。
「えっ、その事、褒められたの初めてだから、嬉しい。」
と言われたら褒めた方も嬉しいです。

それを「えっ、うそー、またー、本気で思ってないくせに。」
こんな風に言われたら、二度と褒める気がなくなってしまいますよね。

プレゼントは喜んで頂きましょう。
それがプレゼントをしていただいた方への感謝の気持ちです。

それと同じように褒めていただいたら、それをよろこんで受け入れましょう。
ごめんね、そんなお世辞言ってもらってなどと思わないことです。
素直に「ありがとう、うれしい。」と受け入れましょう。
それが褒めていただいた方への感謝の気持ちです。

ストップする心

人間の心は矛盾していますよね。
ダイエットしたいなあと思いながら、ケーキが食べたいと思ってしまいます。
ダイエットしたいのは本心です。
ケーキが食べたいのも本心です。

資格を取ろうと思って勉強を始めるとします。
そうすると、とたんに小説を読みたくなったりします。
勉強したいのも本心です。
そこから逃げて、小説を読みたいのも本心です。

好きな子といろいろしゃべりたいと思っていても、気のないそぶりをしてしまう。
これは私が何回も経験したことです。

何かをしようとすると、それとは反対側からひっぱる力が働きます。
この二つの力の間でバランスをとっているのが人間です。
この反対側の力がないと行き過ぎてしまうからです。
「過ぎたるはなお及ばざるがごとし」の言葉通り、行き過ぎはかえってよくないのです。

どんな長所も行きすぎると短所になってしまいます。

自信を持つのは大切なことです。
しかし、自信を持ちすぎると鼻持ちならない嫌な奴になってしまいます。
謙虚で調和を大事にする人も行きすぎると優柔不断になってしまいます。

人間の心は片方に行きすぎないようなメカニズムになっているのです。
そのことを知っておくことはとても大事です。
人間には何かをする時にストップする心があると言う事です。

このことを知った上で何かを始めると矛盾するストップの心がでてきた時に役立ちます。

その矛盾するストップの心を少しずつ克服する努力をしていきます。
慌てなくていいのです。慌てるとストップする力が大きくかかってしまうからです。

ダイエットも短期間に減らしすぎるとあっという間にリバンドしてしまいます。
1カ月で10キロやせた人。
1カ月1キロで10カ月で10キロやせた人。
どちらがリバンドしにくいかは、想像つきますよね。

ストップの心が大きくかからないように少しずつ、はじめていけばいいのです。

短所も丸抱えで愛する

2006年、王貞治監督は胃の全摘出手術を受けて東京都新宿区の慶応大病院に入院していました。
2006年、8月2日に退院しました。
退院の時の王監督の言葉が私はとても印象的でした。
「1日も早くホークスに戻り、勝利の喜び、負けるときの悔しさを味わいたい」
 
「負けるときの悔しさを味わいたい。」
この言葉を聞いて、胸が熱くなったことを覚えています。

「1日も早くホークスに戻り、勝利の喜びを味わいたい。」
このような言葉ならきっと、印象に残らなかったでしょう。

王貞治監督がどれほど、野球を愛しているかが感じられるコメントでした。
「勝利の喜びの時の野球」が好きなのではありません。
野球が丸ごと好きなので、「負けるときの悔しさ」も味わいたいのです。
素晴らしい、感動的です。

人が人を愛するときにその人の「長所」だけを愛するのは本当の「愛」ではないと気付きました。
「勝っている時の野球」が大好きで、「負けている時の野球」が大嫌いな場合。

本当に「野球」を愛しているのではないかもしれませんね。
「野球」を愛しているのは王貞治監督のように勝っても、負けても愛している人です。

ある人を愛した場合、その人の「長所」だけでなく、「短所」も丸抱えで愛してないといけないのですね。
そのようになる為には「愛の力」を鍛えていかないとダメですよね。
愛の力の鍛え方は努力が必要ですよね。

「勝っている野球」が好きのなのは努力がなくてもできることです。
しかし、「負け続けているのに野球」が好きなのは、野球に対する真剣な努力が必要です。
愛している人の「長所」を好きなのは誰でも一緒です。
愛している人の「短所」を認め、許してあげるのには努力が必要です。

人に対して、「長所」と「短所」を丸抱えで愛せる愛の力を身につけたいですね。
王貞治監督が負けても野球を愛しているように。

お金を貯める習慣

この前の原稿で人生の目的と目標は別のものということはわかってきました。
目的は幸せになることです。
その幸せにはやはり、お金が必要です。
「成功の9割は目標設定で決まる」と言われていますよね。
まずはお金を貯めることを目標にしてみます。

たくさんの貯蓄方法があります。
それらの方法を試す前に、まずは習慣です。
貯蓄にあった習慣が必要ですよね。

ますは節約することです。

モノを購入する判断基準に「安いから買う」という習慣はすぐにでもやめた方がいいようです。
安いから買っても必要ないものだったら、完全に無駄遣いです。
モノを購入する判断基準を「必要だから・欲しいから買う」という習慣に変えた方がいいというのは理解しやすいです。
必要・欲しいからモノを買うときに初めて安い物を探します。
「必要」が先で「安い」はそのあとですね。

そしてお金の勉強です。

学校ではお金について一切教えてくれませんでしたね。
貯蓄についても教えてくれませんでした。
今からでもお金の勉強をする必要があるようです。

世の中のお金の流れなどの基本的なことを理解する必要があります。
お金の勉強をすればするほど、お金の大切さを理解できて、無駄遣いも減ります。

その勉強の一つが税金・法律の勉強です。
たとえば1年で1,000万を稼ぐより、10年かけて1,000万を稼ぐほうが得です。 
それは、所得排除や累進課税制度などの関係が影響をしているからとの事です。
長期的な目で物事をとらえる必要がありますよね。
会社経営や個人事業主になるのが夢の方はこの勉強は必須です。
法律や制度は私たちを守る為に必要な知識です。

効率良く貯蓄するには、これらの習慣を是が非でも身につけていただきたいものです。

動画サイトで1980年代の松田聖子を聴く

957年生まれの私です。
1980年ごろは、20代のど真ん中でした。
私は20代のど真ん中の頃、何をしていたんだろう。

仕事を始めて、数年がたち、仕事が生活の中心だったころですね。
楽しいことも、辛いことも、仕事のことでした。
悩みのほとんどが仕事の事でした。

恋愛も夢中になる頃です。
しかし、恋愛も仕事とまったく、別という感じではありませんでした。
仕事の場面の中に恋愛もありました。

仕事と恋愛に夢中だったあの頃、どんな曲を好んで聞いていたか、覚えていません。
テレビもあの頃はあまり見ていなかったので、どんなドラマが人気だったか、覚えていません。

1980年代の最大のアイドルは松田聖子でした。
私が1957年生まれなので私より5歳下になります。

1980年から1984年までの5年間が松田聖子の絶頂期になります。
年齢で言うと18歳から22歳の5年間です。
その時、私の年齢は23歳から27歳です。

当時、私は松田聖子に全く、興味がありませんでした。
何となく歌は知っています。
ただのブリっ子アイドルだと思っていました。
あの頃、私と同年代の男で聖子ちゃんのファンは私の周りにはいませんでした。
私は聖子ちゃん世代でありながら、、決して聖子ちゃんファンではありませんでした。

それが50歳を過ぎた、最近、松田聖子の歌の上手さに気がつきました。
動画サイトで1980年代の松田聖子の歌を聴くと本当にびっくりします。
聴けば聴くほど、松田聖子の歌唱力の凄さがわかってきます。

あるきっかけで1980年代の松田聖子の動画サイトを見て気がついたのです。
その動画サイトを見なければ、まだ気がついていないかもしれません。
家に居ながらにして、パソコンで昔の松田聖子が見れる現代。
よく、考えると凄いことですよね。

20代のコイバナ

私の20代の恋愛の話です。

茨城県のある都市のショッピングセンターにテナントとして勤めているころの話です。
そのショッピングセンターにはたくさんのテナントが出店していました。
私もそのうちの一つのテナントの店長をしていました。
こういうショッピングセンターでは違う店の店長同士で仲良くなります。

私ともう一人の男の店長と一人の女の店長と仲良くなりました。
3人でお店が終わった後によく飲んでいました。

私はそのころ、付き合っている女の子がいました。
ですから、その女性店長とは全くの飲み友達でした。

しかし、その女性店長はもう一人の男性店長に恋心を抱くようになりました。
3人で飲んでいて、それが手に取るようにわかって、私としては楽しかったです。

そんな風に楽しんでいるとその男性店長が神奈川のある都市のショッピングセンターに転勤になるとのことでした。
それを知った女性店長は動揺を隠せない様子でした。
男性店長はその女性店長の気持ちには気がついていました。

3人で飲んだある晩。
飲んだ後に二人は男と女の関係になってしまったのでした。

女性店長はその後、さらに彼への気持ちは大きくなりました。
彼の方は、ほんの1回だけの出来心でした。

私も男ですから、出来心でそのようになってしまうことは理解できます。
彼のことを責めるだけの資格はありませんでした。
しかし、彼女のことが可哀想だなと思っていました。

彼が転勤して2ヵ月後に私は神奈川に出張することが前から決まっていました。
以前にそのことを彼女には言ってありました。
そのとき、彼と飲む約束をしていることも彼女は知っていました。
2ヶ月で彼女は彼の為にセーターを編みました。
私はそのセーターを渡すことを頼まれてしまったのです。

謙虚さからの確信

確信に必要なのは謙虚さです。
謙虚さを失うとと確信は慢心に変わります。
慢心は没落の引き金です。
現に、失敗した人々を見ると、謙虚さを欠いた、慢心の人が多かったようです。
人の意見を聞かず、自分の意見に固執する傾向があります。

立派な信念か、ただの慢心か、それを見分けるのは、謙虚さがあるか、どうかです。
立派な信念は謙虚に人の意見を聞き、そこから、自然とわき出てくる確信です。
慢心は自分の意見に固執して、他のことに耳を傾けない自分勝手なところから出てきたものです。

経営者はその会社のトップなので、もちろん社内の人は誰も意見しません。
慢心になってしまう、環境が経営者にはそろっています。
だからこそ、謙虚な気持ちを忘れてはいけないのですね。

経営の神様、松下幸之助氏は「謙虚な気持ちでいれば、他人の偉さがわかる。」と言っています。
そして、「自分の部下は自分より偉いなという気持ちになります。」と言っています。
さらに、こう言っています。「部下があかんと思っている間は謙虚であると言えない。」
謙虚であると部下の長所がよくわかり、その部下の用い方もわかってきます。

謙虚さを持つことによって、部下を生かす事ができるようになります。
謙虚さを持つことによって、人の意見もを聞くことができるようになります。
謙虚さを持つことによって、立派な信念を持つことができるようになります。

人は一人では生きていけません。
会社は経営者だけでは成り立っていきません。
従業員の力の結集によって、成功、不成功が決まってきます。
謙虚な経営者によって、従業員が結集して成功することの事例はたくさんあります。

謙虚な気持ちで常に感謝を忘れないのが経営の中では特に大事なようです。